せめて
きょうの行方くらいはと
寄せてはうずくまる想い出の片隅で
しぶきをあびながらしばらくは
描かれてゆく波紋をみつめていたけれども
誰もそれをとめることができないまま
やがて旋律はフィナーレへと流れ
あなたはいま最後のフレーズを
穏やかに胸にうけとめようとしている
さよならのとき
ひとはこんなにも無口だ
それだけでなく
さよなら
という言葉の言い方さえも
不意にどこかへ置き忘れてきてしまって
歩き去るひとの背中はまぶしい
搾られた時間の果汁が芳しく
ひとしずくの滴りになにもかもがとけて
まぶしさのなかでちいさく悲鳴をあげる
どこまでもそれは青く谺して
あらゆる風があなたへと吹く
それでもどこかで再び風のたつ気配がして
いつまでもここから私を去らせない
誰もいないテニスコートに
たった一本のラケットがかなしい
あなたが朝の光にゆらめいてしまうと
港のみえるこの街で
新しい風をうけてまた誰か
しずかに唄を口ずさみはじめる
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