埠頭
風は渡っていった
それきり
もうこれ以上ここで
旋律になって歌いつづけられないから
預けてあった靴と楽譜を
かえしてください
そういってあなたはでていった
真夜中の扉をあけ
匂い立つ朝霧の彼方へ
さよなら
そのとき叫んだあなたのみずいろが
ぼくのなかでひかる海になる
たったひとつのくちづけだけが
すべてをものがたることだってあるのだ
あなたのいなくなった窓辺のノートに
そう書いたいくつかの文字ですら
あなたのひろげていった海のなかでは
ひとむれのうたかたよりも
いまではもっとあわくて
こんなふうに見つめている
あの遠い朝焼けにしても
そこにたどりついたときにはもう
きっとどこかの夕陽にちがいない
それなのに
あなたはいってしまった
確かにそこに朝があるからと
そこにいって朝になるからと
そのあとに
こんなに眩しい
数えきれないさざ波をうち寄せて
確かなものなどどこにもない
そのことだけがあまりにも確かだ
ここにあるこのあふれる朝のほかに
いったいどこに朝があるというのだろう
そしてここにあるこの夜と
この愛といのちと歌とのほかに
けれどもいってしまった
立ちつくすぼくをかすめあっけなく鮮やかに
風は渡っていってしまった
それきり
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