果てしない青のために(Pour le bleu sans fin)

青山勇樹:詩人。名古屋市在住。大学の教員として教育や研究に励みながら、詩を書いています。もともとは、高等学校の国語科の教員でした。31年間の高校勤務のうち、後半の14年間は教頭として学校の管理にあたりました。現在、大学では、言語と表現、日本語表現、日本の文学などの講義を担当しています。あなたの心に、言の葉を揺らす優しい風が届けられますように。光と戯れる言葉のきらめきが、あなたの心にもあふれますように。仕事の依頼などはメールで ⇨ aoyamayuki1963-poetry@yahoo.co.jp

💐 ことばによる文化創造の新たな地平を切り拓くために 💐

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1 作品に内在する「詩的思考」
 現代の日本社会において、ことばによる文化創造は、作品に内在する「詩的思考」を探ることによって、新たな地平を切り拓くことができないだろうか。

2 世界を「物語る」欲求
 池上(1984)によれば、人間は外界を主体的に意味づけ、価値づけ、秩序づけ、「自然」を「文化」に変える営みを主体的に行う「構造化を行う動物」であるという。私たちのこの本質的営為は、世界を「物語る」欲求であるといえるだろう。
 私たちの生は、たとえば幼時のごっこ遊びから、壮大な文学作品に至るまで、現実的世界と主観的世界とをずらし、そこから生まれる快楽を欲する。この差異の感覚を生み出すものこそ「詩的思考」であり、現実空間と物語空間とを繋ぐ回路であり、ことばの持つ記号性の打破であり、比喩である。

3 ことばと思考
 思考は常にことばによってなされ、ことばを離れての思考は存在し得ない。一般的に、思考は自由であり、なにものにも束縛されることはないと思われがちである。しかし、それは思い込みに過ぎず、ことばによって思考形式やものの見方・考え方は規定され、あらゆる現実は認識される。
 私たちがことばで思考し、ことばで世界を認識し、それをことばで表現する以上、ことばは私たち人間の共有財産でなければならない。ことばがめまぐるしく意味を変え、その姿を変貌させ、あるいは使用する人間によって指し示す内容が異なるのであれば、意思の疎通はおろか、思考さえも不可能になってしまう。ことばが誰にとっても共有のものであるという前提で、私たちは思考し、意思の疎通を図っている。
 その一方で、私たちは、きわめて個人的な体験をも、共有財産としてのことばでしか表現し得ない。もちろん、一回性の体験のためにまったく新しいことばを創出することも不可能ではないが、ただ一度きりで繰り返されないものは、ことばとは別の何かでしかない。
 このように、私たちは、人間の共有財産ともいうべき普遍的なことばで、最も個人的な体験すらも語らざるを得ない。ここに、ことばの持つ二面性がある。普遍的なことばで、世界の一局面である個としての私をより精密に語ろうとするとき、どう表現するかが問題となる。

現代社会におけるコミュニケーション
 産業や経済分野を中心とした急速なグローバリゼーション、また、高度なIT化や高齢化により日本の社会構造そのものが大きく変革し、私たちは多様で複雑な社会に身を置いている。特に、今日のインターネット社会では、あらゆるものが簡単にコピー・拡散され、急速に消費される。また、ソーシャル・ネットワーキング・サービスといった新しい情報媒体の普及により、地域社会の持つ共同体的性格が変容し、広範な人間関係のなかで、コミュニケーションのあり方にも大きな変革が起きている。
 この社会は、一見、多様な価値観が認められ、複雑で情報過多であるように見える。けれども、とりわけソーシャル・ネットワーキング・サービスにおいては、即時的な反応が好まれ、また同質性の高いコミュニティで共感が生まれやすいことからも、かえって私たちの日常は即効性のある同質空間でのコミュニケーションが主体となる。このため、世界は分断に満ちている。各々のコミュニティで交わされることばは、たとえ新規な独自性はあっても規範や伝統からは隔絶されやすく、永続する生命の連環から孤立した個は、自らがより大きな生命の一部であるという実感を失いやすい。どれほど容易に情報発信者になれるインタラクティブな空間であれ、行き交う情報が同質で、ものの見方・考え方が固定的であるならば、時間を超え得る文化などはとうてい創造されまい。
 これとは逆に、たとえば異質な者どうしの意思疎通を余儀なくされる消費の場面において、往々にして滑稽なほどマニュアル化されたことば遣いがなされることがあるが、これも本質的には同じ現象であると見ることができよう。

5 社会の役に立たないことば
 荒川(2012)によれば、情報を得られたり時流に合わせたりする本、社会に役立つだけの簡単な本ばかり読まれ、文学書、なかでも詩が読まれないのは、詩のことばが難しく、社会の役に立たないと見られているからであるという。そして、役に立たないことばを失うことによって、人間の心が変わってしまったという。渡邊(2013)も、「詩を読むことは、効率の追求の対極にある行為」であるとし、いまや私たちはあらゆる場で効率を優先させてきた行動がいかに人間的なこころをだめにするかを知っていると指摘する。

6 失われた「共感」する能力
 変貌し消耗した人間のこころから失われたものは、「共感」する能力ではなかろうか。一見すると難しく、社会の役に立たないと見られがちなことばは、じつは自らとは異質な他者の内的世界を認識する手掛かりとなる。にもかかわらず、異質であるからこそ難しく感じられ、自分が求めている情報ではないように錯覚してしまう。
 けれども、優れた文学作品がそうであるように、私たちは、現実的社会からずらされた異質な手ざわりを契機に、目くるめく没入感とともに他者の内面に入り込み、卓越した表現として物語られた他者のことばで思考し、世界を認識し、他者の生を体験し得る。社会の役に立たないと見られがちなことばによる「詩的思考」によって生み出された差異の体験により、他者との「共感」が可能になり、真の多様性と繋がることができるようになるのである。この「共感」の作用によって、世界の分断を超えた新たな文化の創造もなされるのではないか。

7 「詩的思考」と「共感」
 「詩的思考」と「共感」とをキーワードに文学作品を読み解くことによって、作家は普遍的なことばでいかに個を語り作品化しているのか、どのように表現することで世界の再構築がなされるのかについて考察し、ことばによる文化創造の新たな地平を切り拓いてみたい。


参考文献
 荒川洋治(2012) 『詩とことば』 (岩波現代文庫/文芸202) 岩波書店
 池上嘉彦1984) 『記号論への招待』 (岩波新書/黄版258) 岩波書店
 北川透(1993) 『詩的レトリック入門』 思潮社
 丸山圭三郎(1981) 『ソシュールの思想』 岩波書店
 渡邊十絲子(2013) 『今を生きるための現代詩』 (講談社現代新書2209) 講談社


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