詩集『リエゾン LIAISON』より No.09〜15「七つのかたち」
「七つのかたち」
1 紅一点
ひとりでいるときはとてもうつくしい
けれどもふたりでいるときのほうが
あなたはもっときらめいてみえる
たくさんのおとこたちのなかでは
あなたはほとんどまぶしさにちかい
ささやかなねたみとあこがれをいだいて
だからわたしはおとこでいられる
2 五線
書き込まれた記号ばかりなのに
聞こえない音に満ちあふれていて
プレスティッシモのパッセージからは
のぼりつめる小鳥のさえずり
ゲネラル・パウゼにはふき渡るあおい風
ときには緩やかにときには華やかに
五本の線で綴じられた風景がある
3 のっぺらぼう
のっぺらぼうは瞳がなかったので
のっぺらぼうは泣くことができなかった
のっぺらぼうは口がなかったので
のっぺらぼうはしゃべることができなかった
のっぺらぼうは誰の子かわからなかったので
へのへのもへじを書いてもらったら
のっぺらぼうは音楽が聞きたいと泣きだす
4 覗き穴
丸でも四角でもまして楔形でもなく
しいていえば疵口にちかい」
あるときは痛みを思いださせる印であり
あるときは秘密が窺えるかもしれない
ただときとして穴のむこうとこちらで
覗き込む瞳がぶつかることもあるが
そのときは黙ってうつむくしかない
5 死角
誰もが心にひとつの沈黙を宿している
そこではあらゆるものが収斂し
もはや弾丸ですらそれを射ぬくことができない
かくれることで見えなくなるものがあれば
かくすことで見えてくるものもあるだろう
ふとあおぎみれば星空がかたむいて
たまらなくひとの声が聞きたくなる夜
6 コップ
あわせた掌ですくうよりも
ひかるガラスの器で飲みたい水もある
水を飲むためにではなく
ながめていたいだけのグラスもある
飲むためにでもながめるためにでもなく
たかぶる感情で砕いてしまってから
しめやかに思い浮かべる輝きもある
7 波紋
さえざえとした水鏡にひととき
いくつものかたちがよぎっていったが
そのものたちを正しく呼ぶことができない
ふいに見つめるまなざしがゆらぐと
行方知れずのおもいが同心円をえがきだす
かすかなみなわがしずけさにそよいで
まばたきよりもひそやかに