果てしない青のために

あなたの心に、言の葉を揺らす優しい風が届きますように。

📃 お知らせ 📃 〈noteでの詩の紹介〉「卒業」

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#note

きょうの言葉はきょうのうちに
見えない風の粒々になって
いつか吹きぬけてゆくはずなのに
静まりかえった青に染められ
さよならの声がたちどまる

記念写真の隅で息をこらし
時計をとめてまばたきをする
すべてはその一瞬に
思い出という装いをはじめる
だからもう制服はいらない

誰もいないグランドに
ふと遠い喚声がこだまする
おもいがけなくよみがえるのは
あつい鼓動と
テニスボールの真新しい匂い

追憶とは忘れているものだ
想いだすときにはいつも
忘れていたということに気がつく
それはすこし恥ずかしいから
懐かしいなどとつぶやいてみる

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#詩 #現代詩 #自由詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

詩集『リエゾン LIAISON』より No.17「卒業」

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卒業

きょうの言葉はきょうのうちに
見えない風の粒々になって
いつか吹きぬけてゆくはずなのに
静まりかえった青に染められ
さよならの声がたちどまる

記念写真の隅で息をこらし
時計をとめてまばたきをする
すべてはその一瞬に
思い出という装いをはじめる
だからもう制服はいらない

誰もいないグランドに
ふと遠い喚声がこだまする
おもいがけなくよみがえるのは
あつい鼓動と
テニスボールの真新しい匂い

追憶とは忘れているものだ
想いだすときにはいつも
忘れていたということに気がつく
それはすこし恥ずかしいから
懐かしいなどとつぶやいてみる

さしだすひとつの掌があり
うけとる確かなぬくもりがある
ひかりはこぼれあふれていて
まぶしさに瞳をとじるのではなく
見つめるまなざしこそがまぶしい

扉をあけてでてゆこうとすると
私の胸から白い炎が翔びたつ
高みでひとしきりきょうの風にゆれ
やがてはばたく翼のかたちで
どこまでも舞いつづける

#詩 #現代詩 #自由詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

詩集『リエゾン LIAISON』より No.16 「種子」

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種子

かすかなうごめきのほかに
はじめてのいのちは
まだなにもかたろうとはしない
けれどもまもなくはじけて
ひらきこぼれあふれるのだ
あさが
そこここにみちてひろがり
みずのおもてをあざやかにながれて
あかるいさけびをあげはじめるときに

そのかたくとざされたまぶたに
そのにぎりしめたてのひらに
そのむねにそのうでに
そのやわらかなほほのうえに
その

そのいのちのおくにたったひとつのまぶしさ

このいのちのために
おおきなこえでうたをうたおうか
そらのあおさについてかたろうか
うちゅうのひびきをきいてみようか
しようかしようかなにをしようか

ひとがこっそりしんでゆくとき
ミサイルのばくはつはききたくない
おなかをすかせたこどもがいるのに
すきなひととくちづけはかわせない
たったひとくちのみずとひきかえに
こころをうりわたしてしまうことなんて
いのちはいつも
ただひとつのまぶしさだから

ひとつのいのちのよろこびが
ひとつのいのちのはげしさが
ひとつのいのちのかなしみが
ひとつのいのちのくるしみが
はかなさがときめきがいらだちがおどろきが
ひとつのいのちから
またあたらしいひとつのいのちへと
まぶしさとなって
とこしえに

いま
みずのおもてにひとしくつりあい
やがておとずれるかいかのことを
はなやかにゆめみてねむりつづける
ちいさないのち

#詩 #現代詩 #自由詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

🎍 年末・年始 Special Week 7 🎍 〈未発表詩 4〉 📖 六月の鯨 📖

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六月の鯨

 

真夜中の電話ボックスに閉じこもって
六月の鯨は華やかな夢をみている
外れた受話器からこぼれる発信音を枕に
ガラスの向こうに敷きつめられた紫陽花と
どうにかしておしゃべりできないかと

「もしもし」不意に受話器が話しはじめる
白く濁った気泡がわずかに湧いただけなのに
呼びかけられた気がしたのかもしれない
それともたしかに聞こえたのだろうか
あまりにも鋭い聴細胞は錯覚すらも許さない

六月の鯨はほんのりと頬を染めたまま
いつまでも夢から覚める気配がない
雨と海との溶け合ったひとしずく
目頭から静かにこぼれ落ちたあと
やがて紫陽花の色の潮を吹こうとしている

#詩 #自由詩 #現代詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

📃 お知らせ 📃 〈noteでの詩の紹介〉「通りゃんせ」

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#note

なぜいつも私のまわりだけ雨が降るのだろう
だれも傘をささないので私も濡れたまま歩く
強い風でびしょ濡れになることもあるけれど
悟られないようハンカチで前髪をそっと拭く
傘でなくレインコートでも着たらいいかしら

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#詩 #現代詩 #自由詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

🎍 年末・年始 Special Week 6 🎍 〈未発表詩 3〉 📖 通りゃんせ 📖

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通りゃんせ

 

硝子のコップに小さなひび割れを見つけた朝
庭からかすかな鳥の囀りが聞こえた気がする
ありふれた一日の始まりにある僅かな違和感
ひょっとしたらこれは他人の記憶ではないか
私ではない私がこっそりのぞいているのかも

なぜいつも私のまわりだけ雨が降るのだろう
だれも傘をささないので私も濡れたまま歩く
強い風でびしょ濡れになることもあるけれど
悟られないようハンカチで前髪をそっと拭く
傘でなくレインコートでも着たらいいかしら

日常に潜む些細なずれを重ねて過ごすうちに
いつか私は私の知らない私へと変貌を遂げる
ここにいる私はどこへ行こうとしているのか
遠く静かに季節がうつりゆく気配がしている
呼ばれた気がして振り向いてもだれもいない

#詩 #自由詩 #現代詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

 

📃 お知らせ 📃 〈noteでの詩の紹介〉「そして冬がはじまる」

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#note

それからはきっと誰かがみている夢の続きだ
空を埋めた夢は陽を浴びて思い思いの矢印で
からからからと回りつづけているに違いない
けれどそれも重たい鈍色が塗り潰してしまう
降り積もる雪の白が静かに街並を消していく

▶︎ note:https://note.mu/aoyamayukif:id:aoyamayuki:20200103070013j:image

#詩 #現代詩 #自由詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

🎍 年末・年始 Special Week 5 🎍 〈未発表詩 2〉 📖 そして冬がはじまる 📖

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そして冬がはじまる

 

降りしきる雪を救急車のサイレンが切り裂く
クリスマスキャロルが家路への足を急がせる
切ないめまいのなか遠くで誰かが呼んでいる
助けてほしいときれぎれの声が聞こえてくる
エナメルのコートが肩をぶつけて行き過ぎる

「それから」と投げ出し閉じる物語みたいに
穏やかな光に貫かれ終わりを迎えられたらと
花なのか恋なのかいのちそのものの終わりか
少しだけ首を傾け微笑んだ口許を覚えている
それからあなたはどこへ行ってしまったのか

それからはきっと誰かがみている夢の続きだ
空を埋めた夢は陽を浴びて思い思いの矢印で
からからからと回りつづけているに違いない
けれどそれも重たい鈍色が塗り潰してしまう
降り積もる雪の白が静かに街並を消していく

#詩 #自由詩 #現代詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

 

📃 お知らせ 📃 〈noteでの詩の紹介〉「涙」

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#note

たおやかに流れていく涙の訳を聞きはしまい
たとえそれが戻らない季節のせいだとしても
たとえそれが私の沈黙のせいだったとしても
ただ美しく流れる涙があってもいいだろう
空の青だけを見つめて今あなたが泣いている

▶︎ note:https://note.mu/aoyamayukif:id:aoyamayuki:20200102200053j:image

#詩 #現代詩 #自由詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

noteマガジンのお知らせ 📃

青山勇樹 新抒情派詩集 1
(2019年12月)

果てしない波のくりかえしのなかでいつまでも眠る真珠になろう|aoyamayuki #note

https://note.com/aoyamayuki/m/m0cd003be4b0e

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#詩 #現代詩 #自由詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

🎍 年末・年始 Special Week 4 🎍 〈未発表詩 1〉 📖 涙 📖

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見開いた瞳からこぼれ落ちる涙が眩しく光る
声もたてず表情も変えずあなたが泣いている
湿った心のなかに激しい嵐が吹き荒れても
瞬きもしないで空の青だけを見つめている
私は傍らで黙ったままあなたを見つめている

瞳いっぱいにあふれた水に世界が逆さに映る
アルカリ性の輝きのなかにくっきり刻まれ
やがて目頭からこぼれ落ちる涙に溶けたら
一粒の小さな水晶となって閉じ込められる
その奥にひっそり私も住んでいるのだろうか

たおやかに流れていく涙の訳を聞きはしまい
たとえそれが戻らない季節のせいだとしても
たとえそれが私の沈黙のせいだったとしても
ただ美しく流れる涙があってもいいだろう
空の青だけを見つめて今あなたが泣いている

#詩 #自由詩 #現代詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

 

🎍 年末・年始 Special Week 3 🎍 〈詩論〉 📄 新たなる抒情詩をめざして 📄

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新たなる抒情詩をめざして

 

 新しい時代の、新しい抒情詩とは何でしょうか。

 日本では、これまでも、たくさんの優れた抒情詩が書かれ、ひろく読まれ、親しまれてきました。
 ところが、現代詩には、ときとして単なる言語実験に堕しているのではないかと思われるような作品もあり、それを芸術と呼ぶには抵抗があるのです。もちろん、抽象画のように、具体物を描かない手法もあります。けれども、優れた抽象画がいずれもそうであるように、たとえ抽象的な色と線と形とで構成されてはいても、鑑賞者がその作品に心動かされ、感動し、あるいは奇妙な感覚に陥ったり、言い知れぬ喜びや悲しみに酔いしれたりできるような作品こそが、芸術なのでしょう。

 抒情詩とは、主観的な感情や思想を表現し、自らの内面的な世界を読者に伝える詩です。この「読者に伝える」ということも、詩にとって、実に大切なことではないでしょうか。
 新しい時代には、新しい思想や新しい感情表現が生まれるでしょう。それが、どうすれば読者に伝わるのか。読者に伝わり、詩を媒介として、作者と読者との交流が生まれるところに、詩の醍醐味があるのではないでしょうか。そうではなく、詩が、単なる言語実験のように、作者の独りよがりに終始するのであれば、おそらくは近い将来、詩の読者などいないに等しい状況に陥るかもしれません。

 「わかりやすい」ことと「陳腐である」こととは、まったく異なるものです。陳腐さと、新しい思想や新しい感情表現とは、まったく相容れないものだからです。けれども、ありふれた日常の言葉を否定しているわけではありません。誰もが知っているあまりにもありふれた言葉であっても、ふだんからあたりまえのように使っている言葉であっても、語り口の新鮮さや、言葉と言葉との相互作用から生まれる切れ味の鋭い表現は、そうした日常の言葉に、新たな命を吹き込むことでしょう。それは、とりもなおさず、読者に、その言葉と初めて出会ったようなみずみずしい感動と驚きとを与え、その魂を揺り動かすこともあるでしょう。陳腐な表現は論外ではあるものの、むしろ、ありふれた日常の言葉で書かれた詩の方にこそ、好感を覚えます。
 詩は、言語芸術です。ですから、研ぎ澄まされた言葉、ほかには置き換えることのできないような新しい表現は、欠かせません。そのうえで、いまを生きる自らの内面から生み出された作品を、読者にどう伝え、その心をどう揺り動かすのか。それを追究する先に、新しい時代の、新しい抒情詩が見えてくるような気がするのです。

 いずれにしても、言葉と格闘し、常に読者を想定し、推敲に推敲を重ねなければならないでしょう。それでも、詩の世界から読者を奪わないためにも、新しい時代の、新しい抒情詩をめざして邁進したい、こうした思いを新たにしています。

 

📌📝 ご案内 📝📌

 Facebookに、新抒情派を標榜する詩人のグループを新設しました。グループ名は、『詩誌「詩芸術」』です。もし、このような考え方にご賛同いただけるならば、ぜひ、新しい時代の新しい抒情詩を、ともにめざしてみませんか。多くの方々のご参加をお待ちしております。

⇨ https://www.facebook.com/groups/shigeijutsu/

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 また、Twitterでは、詩誌「詩芸術」に投稿された詩や詩論を紹介しております。

▶︎Twitterhttps://twitter.com/shigeijutsu

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#詩 #自由詩 #現代詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術

🌅 謹賀新年 🌅

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‪🎌🎍 あけましておめでとうございます 🎍‬🎌‪

新しい年を迎えましたので、改めて自己紹介いたします 🤗

青山勇樹(あおやまゆうき)と申します。
大学の教員として教育や研究に励みながら、詩を書いています。

名 前:青山勇樹
勤務先:修文大学(愛知県一宮市
出身校:南山大学 / Nanzan University
    文学部哲学科
職 業:大学教員・詩人
住 所:名古屋市
▶︎ Mail address:
  aoyamayuki1963-poetry@yahoo.co.jp
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#詩 #自由詩 #現代詩 #詩人 #詩集 #文芸 #文学 #芸術 #あけましておめでとうございます #謹賀新年 #挨拶 #自己紹介

🎍年末・年始 Special Week 2 🎍 〈詩集紹介〉 📖 『クレーの絵本』 谷川俊太郎 著 (講談社 刊)📖

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『クレーの絵本』 谷川俊太郎

 

おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさなさかなをたべ
ちいさなさかなは
もっとちいさな
さかなをたべ
いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない

 

 パウル・クレー(Zentrum Paul Klee)の絵に添えられた、「黄金の魚 Der Goldfisch 1925」という作品である。

 1879年、スイスの首都ベルン近郊に生まれ、絵と音楽と詩作とに天分を発揮したクレーは、新しい絵画運動の一翼を担うも、ナチスによる迫害と皮膚硬化症という奇病とに苦しみ、1940年に永眠した。「芸術とは見たものを表現するのではなく、見えないものを見えるようにすることである」と主張し、線と色彩とで秘められた物語を描き出そうとしたクレーの絵は、抽象画とも異なる独特なもので、その不思議な文字や線は、私たちの心の深みに眠る静かな感情を呼び起こす。

 そうしたクレーの40点の絵に触発された稀代の名詩人、谷川俊太郎の14編の詩を収めた、絵と詩とがデュエットを奏でる一冊である。

 平易な語彙を用い、平仮名ばかりで書かれた短詩ではあるものの、読み返すたび、いのちの根源を見つめる詩人の鋭いまなざしに驚かされる。かけがえのないいのちの重さと、ゆえにこそいのちが宿命的に孕む玲瓏たるかなしみとが胸に迫る。

 絵と詩とに埋め尽くされたページから、遥かな高みを渡る美しい旋律が聞こえるような気がするのも、あながちあてどない妄想と切り捨てられまい。

▶︎YouTubehttps://youtu.be/Y_v9Rhn51RY

#詩 #自由詩 #現代詩 #詩人 #詩集 文芸 #文学 #芸術 #読書 #谷川俊太郎 #クレー

🎍年末・年始 Special Week 1🎍 〈文学の魅力〉 📖 時を越える 📖

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文学の魅力

 

 深い森には魔女が棲むように、蔵書の背後の暗がりに時空を自在に操る妖精が潜んでいる気がしてならなかった子どもの頃、週末になるたび、隣町の境内にあった大きな図書館へと自転車を走らせた。

 文芸書が売れないと嘆かれるようになって久しい。文学は効率追求の対極に位置し、そこに書かれたことばは社会の役に立たず、現実とは異質なものとみられがちである。けれども、優れた文学作品がそうであるように、私たちは、現実的世界からずらされた異質な手ざわりを契機に、目くるめく没入感とともに「物語られた」世界で他者の内面に入り込み、他者のことばで思考し、世界を認識し、他者の生を体験する。現実の役に立たないとみなされたことばが生み出した差異の体験は、かえって現実社会における他者との共感を可能にし、疲弊した現代人の孤独なこころを揺り動かす。

 人間は外界を主体的に意味づけ、価値づけ、秩序づける。この営為は、世界を「物語る」欲求である。私たちの生は、たとえば幼時のごっこ遊びから壮大な文学作品に至るまで、現実的世界と主観的世界とをずらし、そこから生まれる差異の快楽を欲する。

 だから、よしんば妖精などいるはずもなかろうとも、書物のなかで物語は時を越え、褪せることなく息衝く

 町外れの踏切で車窓から抛られた蜜柑の色も、積み上げた画集に仕掛けた檸檬の冷たい重さも、すべてはいつでも鮮やかによみがえる。ひとつまたひとつと落ちる紅白の椿は艶やかな葉の緑に映え、夕陽の丘に金色の銀杏散りやまず、太郎と次郎の屋根には静かに雪が降り続く。月夜の晩の波打際には今でもボタンが落ちていて、拾ってくれる人をひっそりと待っている。

 

#小説 #詩 #短歌 #俳句 #物語 #文芸 #文学 #図書館 #読書